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シノドス・フェア「現代社会を読み解く知」

ジュンク堂池袋本店(2009年8月10日〜9月26日)

「社会思想」の分野(橋本努担当)

 

 

現代社会を「理解」したり「説明」することよりも、「よい社会を提案する」規範理論のほうが、熱く語られるようになってきた。社会が複雑になりすぎて、他でもありうる可能性が増してきたからだ。適応不全でいいから、自分が本当に望んでいる世界を探したい。そのための妄想力(?)を、SFチックに鍛えたい。

 

 

1.

立岩真也『自由の平等』

 働く人にも働かない人にも、すべての人に基本所得を給付するというベーシック・インカムの議論。その思想をオリジナルに展開した記念すべき書だ。本書にはしかし、手ごわい論敵がいる。森村進著『財産権の理論』だ。この二冊は、日本の思想界で過去20年間の最大の収穫。二人は思想家として別格であることを、改めて認識させられる。

 

2.

森村進『財産権の理論』

 規範理論の思想家として、日本が誇る世界最高水準の独創的知性。自己所有権という、擁護できそうにない権利論を根底にすえて、ユーモアに溢れた別世界を描き出す。その強靭な構想力に乾杯したい。立岩真也vs森村進。この二人の日本人こそ、それまでの輸入学問をやめて、日本の思想界を真に立ち上げた人物なのだ。忘れないように!

 

3.

大澤真幸『身体の比較社会学T』

 20代の頃、本書を田園都市線の車内で読み進めていた小生は、その論理のあまりの美しさに震え、賛嘆してしまった。すべてが瓦解する経験だった。ああ、神よ! 現代社会を説明する論理の力を、ヘーゲルの次に、この人に授けたもうたのか。ヘーゲル『精神現象学』を継承する、計り知れない知性のエニグマ。現代の古典である。

 

4.

廣松渉『世界の共同主観的存立構造』

 20世紀の日本で間違いなく最大の哲学者。本書は廣松の主著『存在と意味』の要約版。この本と、もう一冊『マルクス主義の地平』を読んで、私の世界観はガラリと変わった。マルクス以降の哲学を総合し、近代を超える地平を立体的に築いた金字塔。時間は流れないという、仏教の悟りに近づいた賢者の知性に寄り添いたい。

 

5.

塩野谷祐一『経済と倫理』

 フーコーは福祉国家を批判したはずなのに、現代のフーコー主義者はみな福祉国家を擁護論しているではないか。日本の知識人はどこかおかしくないか。福祉国家の哲学を知るための最良の書は、実は本書だ。福祉と連帯の哲学を、ストレートかつ総合的に展開する。英米圏を見回しても、これだけ福祉国家の正当性を結晶化した書はない。長く読み継がれるべき福祉思想の礎である。

 

6.

井上達夫『他者への自由』

 90年代の思想闘争から生まれた珠玉の作品集。本書によって、それ以前のマルクス主義やコミュニタリアニズムに共感を抱いた左派系知識人の文化は、一掃されてしまった。ロールズ以降の現代リベラリズムの含意を、オリジナルに展開し、欧米の論客たちと台頭な立場に立って、規範理論をストレートに開陳する。その勇気あるアプローチに学びたい。

 

7.

ハンナ・アーレント『人間の条件』

 働くことの意味を真剣に考え抜いた、経済思想の金字塔。大学生の頃、私は本書を読んで人生に悩んだ。生きる意味とは、生命維持のための「労働」にあるのか、それとも、設計図を描いてから作品を生み出す「制作」にあるのか。あるいは「いま」という時間を充足させ、後に何も残さないような医者・弁護士・演奏家などの「活動」にあるのか。それが問題だ。

 

8.

ユルゲン・ハーバーマス『公共性の構造転換』

 新聞を読んだり、カフェで議論したりする。かつてそうした営みが一大ムーブメントとなって、社会構造を大きく変容させていった。市民派の黄金時代である。ところが現代の公共性は、行政的・事務的なものに成り下がっている。近代啓蒙のプロジェクトは、公共性の真の意味を取り戻すことでなければならない。爽快な読後感とともに、生きる勇気を与えてくれる。

 

9.

マッキンタイア『美徳なき時代』

 この20年間の社会思想は、自由主義と共同体主義の対立を中心に据えてきた。ところが自由主義の本は面白くないのに対して、共同体主義の本はどれも、人生の意義を深く教えてくれるではないか。本書は後者の代表作。私は本書を読んで、かつてないほど豊穣な時間を過ごした。読書経験として、これ以上の至福はなかなか得難いだろう。

 

10.

ドゥルーズ『差異と反復』

 ニューヨークの地下室で暮らしていたとき、私は本書を読んで狂乱した。都心で夜型の生活をしていると、あらゆる価値が倒錯してくる。本書はそんな近代人のためのバイブルで、アリストテレスの『ニコマコス倫理学』や『形而上学』の、ちょうど裏側に回った論理を展開する。地下茎のように不気味な思考だ。福祉国家に包摂されて生きるわれわれを、真に覚醒する革命の書。

 

11.

フーコー『言葉と物』

 かつて80年代の日本では、フーコーをビニール・カバンに入れて歩くことが「おしゃれ」だった。だが「近代」と「ポスト近代」を区別する凡俗なわれわれにとって、本書は痛烈なパンチとなるはずだ。なにしろフーコーは、18世紀のアダム・スミスと19世紀のD・リカードのあいだに、知の断絶があるというのだから。近代内部の断層のほうが深刻なのだ。

 

12.

佐伯啓思『貨幣・欲望・資本主義』

 現代社会の思想を知るための最良の入門書。無駄を削ぎ落とし、平易な言葉で語った思想書として、抜群な魅力を放っている。素朴な疑問からはじめて、素朴な思考を少しずつ繋いでいく。そんな読者の思考に寄り添って、考えることの面白さを実演する。これはもはや、評論の至芸というべきだ。資本主義はなぜダメなのか、本書とともに、本質をストレートに問いたい。

 

13.

カール・マルクス『資本論』第一巻

 いまや『聖書』と並ぶ人類の最重要遺産。とくに第1章第4節の「商品の物神的性格とその秘密」と、第13章の「機械設備と大工業」だけは読んでおきたい。前者は、現代社会の存立構造論として、後者は資本主義のダイナミックな歴史分析として、いずれも涙なくしては読めないだろう。本書は、20世紀に書かれたどの本よりも面白いのだから、本当に不思議。